雑記

ニヤニヤ泣いている

イチゴのミルクセーキと精神論の話

就職するちょっと前くらいに始めたボールペン字の通信講座の受講期限が迫っているらしく、「追加でお金を払って期限延長して、ちゃんと修了しましょう!」という内容の案内が届いていた。ご丁寧に"至急開封してください"のハンコ付きで。

「諦めないでください」「もう一度私達と頑張りましょう」ーー優しい口調の文章に、自分の悪いところをまざまざと見せられているような気がしてしんどくなる。とりあえず開封したけれど、きっと入金期限が過ぎるのを待って、それからそっと捨てるのでしょう。わたしは、そういう人間だ。

 

 

以前仕事で一緒になった主婦の方と、「通信教育をきちんと出来るような子は通信教育がなくてもきっと結果が出せますよね」という話をした。通信教育のパラドックス

わたしは完全に通信教育が向いていない側の人間(向いている向いていないというか、単にだらしない人間だ、というだけなんだけど)で、◯会を溜めに溜めてやめてしまった。積み上がっていく教材の山は、自分の駄目人間さのバロメーターのような気がしてしんどかった。

 

その後わりとオラオラ体育会系の塾に通うことになったのだけど、1日20分で済む通信教育よりも、夏休みに毎日部活の合間に通う夏期講習の方が、必勝ハチマキを頭に巻きながら毎朝叫ばされる夏合宿の方が、ずっと楽だった。自分の駄目さを直視しなくて済むから。自分がちゃんと頑張っている側の人間であるような感覚を味わえるから。数学分かんねえな〜と言いながらそれなりに頑張った(気になれた)授業終わりに飲む、自販機で買うイチゴのミルクセーキが美味しかった。

 


まあ事実塾の授業はクオリティが高くて面白かったし、先生たちの事もとても信頼していたし、塾自体は精神論オンリーの場所では決してなかったと断言できる。でも、もしこれが精神論だけの場所だったとしても、自分の怠惰さをごまかすためにとりあえず分かりやすくしんどい思いを出来る場所に安住してしまうっていうのはあるかもしれないな。普段はそれを忌み嫌ってるかのごとく振舞っているけれど、案外わたしは昔ながらのブラック企業のような思考と親和性が高いのかもなあ、なんて考えたりもする。そういう場所とは程遠い職場で働けている故の思い上がりだとも思うし、幸い(?)「辛い思いをしただけで報われると考えるのは甘い」というのを身を以て経験してきたから冷静な判断を下すことも出来るけれど。

 

自分の無能さを隠すのに根性論は都合がいい。とりあえず、がむしゃらに努力してる錯覚に陥ることが出来ればいいのだから。汗をかいて泥臭く頑張っていることが免罪符になる世界は、みんなが共通のしんどさを味わって一体感を得られた気になれるような場所は、ある意味ではとても優しいのだろう。

 

 

ところで就職活動をしてた頃に、わたしが昔溜めに溜めてやめた◯会の選考を受けたことがあった。グループワークをしてるときに「通信教育ってなかなか続かないですよね」なんて話になったのだけど、その中の一人が「信じられない、わたしは◯会が楽しくてしょうがなかった」と言っていた。わたしがどんなに努力ごっこをしても届かないような大学の子だった。ああ、わたしはこの子には一生勝てないんだろうな。その選考がどうこう、就活がどうこう、学歴がどうこうという直接的な話ではなく、もっと根本的な部分で。純粋に好き、楽しいという気持ちで夢中になれる人間に、わたしのような努力してるフリをするのが好きなだけの人間が敵うわけはないのだと感じた。ちなみにその会社の選考に、わたしはあっさり落ちた。

 

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余談だけれどある日塾内の自販機からジュース類が全て消えて、飲み物のラインナップがお茶と水だけになったことがあった。先生にこれどうしたんですか(笑)って聞いたら「うちの塾の生徒がイチゴのミルクセーキとか飲んでたら駄目でしょう、もっと硬派にいかないと」と言われたことがあって死ぬほどウケてしまった。どこまで本気か分からないので体育会系は怖い。クソ野郎のわたしはテスト前には近くのコンビニでゲロ甘い飲み物を買って自習室にこもるようになった。

 

さて、ボールペン字講座どうするかな〜。いっそスクーリングでスパルタ指導とかしてくれないかな、そしたらきっと通うから、イチゴのミルクセーキみたいな甘ったるい飲み物買いながら。ね。