雑記

ニヤニヤ泣いている

「普通」という名の暴力 : 夫のちんぽが入らない 感想

「まあ"普通"の女の子やったらそう思うんちゃうん?」

「でもあたしな〜、"普通"っていうのがコンプレックスやねん」

市バス205系統の車内。もうすぐ就活が本格的に始まるのであろう大学三回生らしき男女の会話。

 

ああ、私はその"普通"が喉から手がでるほど欲しいっすよ、別に自分が変わり者だとかとんがってるとかは思ってなくてごくごく平凡な人間だと認識しているけれど、人生のすべてをきちんと及第点でこなしていける"普通"は永遠の憧れだ。

 

普通。

 

はたから見たら私だってそこそこ普通に恵まれている方に入るのだろうし、そもそも私の思い描く"普通"はものすごくハードルが高いのかもしれない。何かがちょっと上手くいかなかったくらいで自分は普通じゃないと嘆くのは、ただの甘えであり逆説的な自己陶酔なんだろうとも思う。

 

それでもとにかく、何かが及ばない、届かない、自分が自分であることが恨めしい、そんな劣等感に苦しむのはもう金輪際やめたい…

 

 

そんなことを考えていた最近、

こだまさんの「夫のちんぽが入らない」を読みました。

こだまさんの連載やツイッターが好きだったので、エッセイの書籍化がすごく読みたくて。

 

http://www.fusosha.co.jp/special/kodama/

 

かなりパンチの効いたタイトルではあるけれど、決して軽い下ネタエッセイの類でも、インターネット臭がすごいサブカルイロモノ本っていう訳でもないです。

 

 

"入らない"問題をはじめ、

母親との関係、仕事に生きたかった夢、出産、そんなありとあらゆる「普通」が叶わない。

 

 

決してこだまさんだけのせいではないのに自分を必要以上に責めてしまうところとか、

言いたいことを言うべきときに言えないところとか

随所随所で苦しくなってボロボロ泣いたけれど、

どこか俯瞰的かつユーモラスな文章に救われて読み終えました。

表現という行為はきっと、人間の深い悲しみを救うためにあるんだろうな、なんて感じたり。

 

 

ーーちんぽが入らない人と交際して二十年が経つ。もうセックスをしなくていい。ちんぽが入るか入らないか、こだわらなくていい。子供を産もうとしなくていい。誰とも比べなくていい。張り合わなくていい。自分の好きなように生きていい。私たちには私たちの夫婦のかたちがある。少しずつだけれど、まだ迷うこともあるけれど、長いあいだ囚われていた考えから解放されるようになった。

(193ページより)

 

 

"普通でない"ことを受け容れるということ、

悲しみや苦しみを、諦めるというわけではなくてもっと深いところで人生において意味のあるものとして認めるということ。

それってすごくすごく難しいことなんじゃないかなと思う。

 

劣等感、罪悪感、その場で必要とされていないのではという感覚…

そんなありとあらゆる負の感情をひっくるめて受容して、

さらに表現することで昇華までしてしまうのは、

こだまさんのように深い優しさと強さと誠実さがなければなかなか出来ないんじゃないかなあ。

 

そう思ったのと同時に、絶望の中にも希望はきちんとあるし、そもそも普通という暴力的な幻想に縛られる必要なんてどこにもなくて、自分で自分を相対評価じゃなくてちゃんと絶対評価してあげられるようになろう、赦してあげられるようになろう、という救いを貰えたのでした。

そんな一冊。

 

 

ところでこの本、Amazonレビューが結構興味深いんですよね。

 

低評価の人のコメントを見ていると、

問題はすべて具体的な、目に見える形で解決することこそが正しいと思っている方がたくさんいるのだなあと。

きっと人生の根源的な悲しみや苦しみも全部、

仕事と一緒でPDCAサイクルを回せば解決していけるし、

そうしていくべきだと考えている人が大勢いる。

 

もちろんそれが間違っているとは思わないし、自分自身にそれを課していく分には、それで自身を必要以上に傷つけなければ素晴らしい考え方だと思う。

 

だけどそれを、他人に強要するのはやっぱり違う。

 

 

ーーでも、私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです。人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人の現在があるのだから。それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです。そういうことを面と向かって本当は言いたいんです。

(195ページより)

 

 

その人にとっての普通を、当たり前を、正しさを、押し付けることが暴力になっていることに気付いていない人ってきっとたくさんいて、私だっておそらくその一人で。

 

普通という言葉に苦しむことがあった分、

自分にとっての正しさで人を傷付けることのないように生きていかなきゃな。

 

「普通」に強い憧れを持っているというのはきっと、「普通」という暴力を振りかざしてしまうのと紙一重だから。

本当の意味で人の気持ちを大切にできる人にいつかなれたらいいなあ。

 

 ...

 

上手くまとまらなかったけれど、

何かしら生きづらさを抱えている人には読んでほしい。

こだまさんを初め、たくさんの人の想いが詰まった最高の一冊です。是非。

 

 

 

それでは。