雑記

ニヤニヤ泣いている

ただの日記(我慢のバランスと老人ホームの食事問題)

今日は頭痛と吐き気と眩暈が酷かったので午前中だけ仕事を休んだ。

熱でもあるかな!?休んじゃおっかな!?ってときに限って体温を測っても全く熱がない現象何なんだ。35度6分しかないのに会社を休むのはかなり抵抗があったけど、まあサボってる訳じゃないしなあと開き直って二度寝した。

我慢すべきことは全然我慢出来ないくせに我慢しちゃだめなことはひたすら我慢してしまうタイプの人間だけれど、今日は程よいバランスで生きられた気がする。

 

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わたしの恋人の夢は「結婚式直前に婚約者を突然亡くしてしまうこと」らしい。気が狂っている。

時々思い出したようにお前は早死にしそうとか変な病気に罹りそうってわたしに向かって言っては勝手に悲しくなったあと「でもそしたら俺の夢が叶うな」って言うのだけれど、わたしの倫理観がガバガバで本当によかったねという感じだ。この休日もその話でケラケラ笑った。

 

むかし別の人からもわたしはなんか病院とか似合うよねと言われたけれど絶対にお前らより健康に長生きする自信あるからなわたしは。足腰悪くしながら、たまには今日みたいに体調を崩しながら、細く長く生きていくのだと思う、多分。老人ホームでやらされるお遊びを怠いね〜と言いながらこなしつつ老人なめんなよと入居者のお友達と悪態をついて笑い合う将来が想像つく。

 

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身体を壊すとわたしが普段我慢出来ないカテゴリーであるところの食に対する欲求がなくなってしまうから悲しい。

自分に正直にはなかなかなれない分、せめて美味しいものに関してくらいは我慢したくないよな〜と体調を崩すたびに思う。

 

 

老人ホームではラーメンとかインドカレーとか食べられるのだろうか。やっぱり無理かな。

明日には高カロリーのものをお腹壊さずに美味しく食べられるようになっていますように。

alternative circuitに行ってきた話

ART-SCHOOL踊ってばかりの国とpollyのスリーマン対バンを観に梅田Shangri-Laへ行ってきました。

 

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どちらかといえばルーツのしっかり見える音楽が好きで。対象単体よりも関係性に萌えるオタク気質なので…今回観たpollyでそれがよりはっきりした気がする。イントロ部分の音の作り方とかきっとマイブラッディバレンタインから影響受けてるんだろうなあと。

 

pollyは新しいアルバムから入ったけれど、昔の1stアルバムまで遡って聴いたら少しびっくりしてしまって。別にそれが悪いとも思わないのだけれど、ここ数年流行りのバンドによくある感じのあれで。1stと今でだいぶ音楽性違うなあと思ったけど、それはここ数年で色んなこと吸収した結果の進化なんだなってインタビュー記事を読んで思って。わたしはわりと懐古厨なところがあるから、初期衝動がいちばんよく表れている1stアルバムが至高!最近はなんか違う方向にいってしまって悲しい!とかかなりめんどくさいことを言いがちだったけれど、現在進行形でどんどん進化していくバンドを好きになるのってとても面白いなとなった。

 

 

あと昔から好きなバンドの一つのART-SCHOOLをきちんと観られてよかったな。

ボーカルの木下理樹はこんなにファンに下手下手言われるバンドもないだろってくらい歌もギターも正直上手ではないし(他のメンバーはバキバキに上手い)、歌詞に出てくる女やたら白い息吐いてんなとかMC下手過ぎだろ(そこも面白くて大好きなのだけど)とか弾き語りのライブ中に客からロキソニン貰うなよとか色々思うところもあるのだけれど笑、それも含めつつわたしはやっぱり木下理樹の作る音楽が好きだな。

こんなに孤独とか見捨てられることへの不安とか、憧れが苦しさに変わってしまった感情とか、そういうものを昇華させられる人ってそういないよなあと思う。

 

あとはやっぱりバンド編成でやってるの聴いたら格好良すぎて…狭めの箱だったしステージと共有できるものも多くて楽しかった。

 

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最近は王道な感じの(alternative circuitってタイトルをつけてるツアーだしそもそも今回の3バンドも全然王道ではないのだけど)ロックな編成のバンドを特に邦楽ではあんまり聴かなくなってきて、ちょうど年をとって肉や油物がしんどくなって魚や野菜が食べたくなるように、そういう音楽ではなくジャズとかヒップホップとかソウルあたりを下地にしてるんだろうなって感じのアーバンでシティでポップな音楽を好んで聴くことが多くなったのだけれど、なんかやっぱり私にとって心のクサクサした部分を溶かしてくれたのはこういう音楽だったなあと思い出した。

 

自分にとって音楽聴くのを好きになったことの原体験って、どうしようもないようなどろっとした気持ちを音楽でどうでもよくさせてきたことだったなと。

それは別に物事の根本的な解決にはならなかったけど、おかげで素敵な音楽にたくさん出会えたから根暗な人間で本当によかったなと思う。ポジティブ。笑

高校で国語教師をやっている仲良しの友達が「ポジティブでうだうだ悩まずにすぐに行動に移していくタイプの人間に文学の鬱屈したあれこれは理解しづらいんだろうな」的なことを最近言っていたのだけど、まあまさしくそういうことなのだろうな。もしそういう人間になれていたら多分今とは全然違うものが好きだった気がする。

 

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とりあえず久々にヒリヒリするようなバンドのライブを観られてよかった〜。あとシューゲイザー繋がりで初めて聴いてるイギリスのライドってバンドが格好良くて、こう色々繋がって広がっていく感覚が楽しくて、こういうとき音楽好きをやっててよかったな〜ってなる。

自分のための覚え書きでした。

ただの日記

三連休の予定らしい予定が早速終わってしまった。

 

とりあえず今日は身体がバッキバキのボロボロだったから3週間ぶりくらいに整体?整骨院?に行った。整体の先生のことは普通に好きなんだけど、今後の人生のことというかたまにあ〜そこちょっと踏み込んで欲しくないかなーって話題を振ってくるのがちょっとしんどかったりする。話の流れ的にそういう話題を振ってくるのは普通なんだろうしわたしが話したくないことが多いだけなんだけども!

でも今日は先週の台風の話で盛り上がれた(?)のでそういう話題にはならず助かった。身近で死人が出ない程度であれば異常気象や自然災害って不謹慎だけどとりあえずコミュ障にはある意味ありがたいトピックスだな…

 

その後は予約してた病院に行った。先日の健康診断で異常値が出てる項目があって要精密検査と言われてたので先月に引き続き血を抜かれる羽目になってしまった。まあそんなに問題ないと思いますけどねー、と言われながらも自分の健康のこと過信しすぎだなってすこし怖くなる。あと低血圧だから運動してくださいねって言われた、体育会系の人は立ちくらみとかしないですよってことらしい。なんかもうそういう忠告もうるせ〜〜〜知らね〜〜〜って聞き流せないなあ。筋トレでもするかなあ。あ、病院の近くにはこじんまりした洋菓子屋さんがあって、マドレーヌをふたつ買って帰った。

 

その後いろいろあって付き合ってる人と些細なことで久しぶりに喧嘩してしまってとりあえず気分転換にと家を出てきてる。京都駅の葉っぴいテラスとかいうところで世のカップル達のことを眺めながらレディオヘッドとか聴いてぼーっとしたあと、スタバで甘い汁を啜りつつ読みかけの小説を少し読み進めた。ゼロ年代入りたての頃に書かれた小説にインターネットだったり携帯電話だったりの描写が出てくると急に時代を感じさせられて感慨深くなっちゃうな。チャットとかBBSとか荒らしとかインターネット老人会が喜んでしまうよ〜。その小説には荒らしのことが匿名の人間の悪意として書かれてたけど、大概いまのインターネットって悪意というよりも正義の振りかざしあいみたいなのが多くてしんどいというか、いわゆる当時の荒らしとかそういうのではなくなってきたのかなって思って興味深くなっちゃった。

 

とりあえずスポンジボブが始まる前には帰らなきゃ。仲直りできるといいな。

トーキョースリーデイズ

なんかこじらせた文章ばっかり書いてるしたまにはほんとにただの日記を書いてみようかと。

帰りの新幹線に乗りながら、夏休みの締めくくりに行った東京旅行の話でも。今回あんまり写真も撮らなかったし自分のための記録に。

 

▶︎8月24日

台風のおかげでびっしょびしょになりながら夜行バスに乗り込み東京へ。また変な時間に昼寝してしまったわたしは夜行バスできちんと寝られるわけもなく、寝たのか寝てないのかよく分からん状態で東京に着いた。寝不足だと意味もなくニヤニヤしてしまうのをやめたい。わたしの笑顔はいつもニコニコではなくニヤニヤです。つら。

 

駅で高校時代の友達と待ち合わせ。知らないおじさんに道を聞かれて分からないと答えたら何故かだいぶ冷たい返しをされたところを彼女が見ていて会った瞬間笑われた。ちなみに彼女は北関東のド田舎(周りにしまむら丸亀製麺とイオンしかないとキレている)から来てくれた。ありがとう。

 

合流してからふたりでサンリオピューロランドに行った。現役女児の頃はあんまり興味なかったんだけど、年を取るごとにファンシーなものが好きになっている…幼児退行…

そのうち始まったパレードではキティのボーイフレンドの声が声変わりしたての男子中学生みたいで生々しいねなんて言って最初はクスクス笑ってたんだけど、みんなでカワイイカワイイと盛り上がってるところに闇の女王が現れて一悶着あり闇の女王を倒そう!って一瞬なりかけるも"争いは何も生まない、誰にでも闇の心はある、お互い分かり合えるよう努力しよう"っていう展開に、友達は"世界中の人間がこれを見れば戦争なんてなくなると思う"と呟いていた。戦争や軍隊にまつわる博物館で学芸員をしている彼女のその言葉は重みがある。

 

その後はピアノちゃんにハグしてもらったりファンキーな色合いをしたファンシーな食べ物を食べたりした。新宿で晩ごはんを食べて、次の日が仕事の彼女はド田舎へ帰っていった。わたしは同じく高校時代の、別の友達の家に泊めてもらった。

 

▶︎8月25日

友達が朝ごはんを用意してくれた。誰かに作ってもらうごはんは何でも特別に美味しいけれど、わたしは中でも"人が用意してくれた朝ごはん"がいちばん好きな気がする。

 

原宿に向かい、クリームチーズのホイップが上に乗った紅茶を飲んだ。美味しいんだわこれが。しばらくその辺をふらふらして、時計や化粧品を見るなどした。それにしてもKOMONOのウィンストンデコシリーズの腕時計可愛すぎる。ああ物欲…

原宿には部活で日焼けしたんだろうなって感じの中学生くらいの女の子がたくさんいて、特に安い価格帯の化粧品のお店は彼女たちの"かわいくなりたい、変身したい"っていうエネルギーで溢れていたな。あの街の活気の源を見た気がする。

 

その後は下北沢に移動して素敵な喫茶店で嘘みたいに綺麗なクリームソーダを飲み、ちょっとだけ洋服を見てからまた移動してデザインあ展を観に行った。具体と抽象、集合と解散、時間や空間、様々なものごとの臨界点、そういった色々な概念を目に見える形に落とし込んでる展示がたくさんあって面白かった。デザインあは時間が合わずなかなか見られないんだけど、わたしのEテレ推し番組の一つです。

 

夜は月島でもんじゃを食べて、彼女の家の最寄駅付近で高校時代ぶりに二人でカラオケに行って、お酒とアイスを買って帰って空が明るくなり始めるまでこじらせ話で盛り上がった。ちなみに彼女の住んでいるあたりは街並みの雰囲気や治安の悪さ具合が高校のあった街に通じるものがあって、遠くに来てるはずなのになんとなく懐かしかった。

 

▶︎8月26日

友達の家を昼頃においとまして一人の時間が出来たのでほんのり気になってた明治大学の博物館に行ってきた。(内容が内容なのでSNSには書かなかったけれど)

「19万も持って居ない御茶の水〜」ってフレーズをここで聴かな!って思って椎名林檎無罪モラトリアムのアルバムを聴きながら御茶ノ水を歩いたけれど、駅前でゴリゴリの街宣車が演説してて、その光景が妙に椎名林檎みがあった。各方面から怒られそうなのでこれもSNSには到底書けません。。。

 

明治大学の博物館は刑事に関する展示を扱ってて、江戸時代や明治時代の罪と罰に関する資料や拷問器具が展示されてた。興味深かったけれど、胃のあたりがヒュッてなったな…

せっかく色々資料があったのに昔の文書特有の崩した字とか漢文みたいなのがわたしにはほぼほぼ読めなかったのが心残り。圧倒的教養の壁。

 

その後は移動して急遽時間をもらったこれまた高校時代の友達とチョコレートの美味しいカフェでお茶してきた。彼女の目はわたしの5倍くらいの大きさがあって、いつも吸い込まれそうになる。

 

 

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今回は3人もの高校の友達と東京で会えて大人になったね感あった。でも同時に本質的には変わってないねって安心もしました。

高校のことはカス高とかいう酷い略称で呼んでるけど、高校のとき出会った友達は(もちろん他の場所で出会った友達も大好きで尊敬してるんだけど)みんなしゃんとしててすごいなって思うし、真面目な話もめちゃくちゃ低レベルな下ネタも等しく盛り上がれて愛が深いので高校のことは結構好きだったりします。うん。

 

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あ〜気付いたらまたこんな長文を書いてしまった。文字数2000字以上あるけど何!レポートか!

高校の頃の個人サイトの日記のようなテンションで書きたいのになあ。こんだけ書いたけどまだ書きたいことちょいちょいあったし気が向いたら別の機会に消化してこ。というわけで自己満足日記でした。

 

雑記(刺青にまつわるいくつかの些細な思い出)

刺青についてのバッシングとそれに対する反論が話題になっていた。ここではあんまり触れないけれど、わたしはちぇるちぇるランドのようなやさしい世界に住みたい。それだけ。

 

▶︎永遠と刻印

曽祖母が晩年、「実は昔の男の名前の刺青を入れている」と言い出したことがあった。結局ひいおばあちゃんの身体に男の名前は見つからなかったみたいだけれど、きっと彼女の世界線では今も昔愛した男の名前が残っているのでしょう。

冒頭に書いたバッシングでも言われていたみたいだけど、他人の名前を身体に刻んで、それで別れたらどうするんだっていう批判や心配がこの種の刺青にはつきものなんだと思う。他人に対してそれをとやかく言うかは別として、まあその考え方自体は正直分かってしまいもする。永遠なんてものをそんな気軽に(と他人には見えてしまいがちだ)、そんな、いいの!?って。一生一緒にいてくれや〜なんてわたしは軽々しく歌にできないし、昔「since 2009.5/6〜forever♡」とかプリクラに書いてたカップルは大概すぐ別れてた。ついでにメールアドレスに男のイニシャル入れてたやつ、お前何回アドレス変更すんねん。

 

昔、デザインナイフを使っている恋人の手を奪い、自分の身体に傷をつける女の子についての話を聞いた。「今後もし別れても、この傷は残るからあなたのことを思い出せる」ということらしい。ふ、ふぇ〜としか言えなかったけれど、そういう考え方もあるのかな。刺青とかそういうのに限らず、何かを形にして残そうとするのは永遠に対する覚悟や幻想があるからやるものだとばっかり思っていたけれど、終わりがあることを予感しているからこそ残しておくっていうパターンもあるのかもしれない。ちぇるちぇるランドは違うけれど。

その後女の子はその恋人とは別れた。身体に今も傷跡が残っているのかは知らない。

 

▶︎卍

中学時代、後輩が二の腕に自らニードルで卍と彫ってきて教師に部活のみんなの前で謝らせられていたことがあったのをふと思い出した。卍の女の子はめちゃくちゃ泣いていた。

いかにも中学生やなー、って感じのエピソードだけどわたしはその子が卍を入れてたことで何も迷惑を被っていないのに何で謝られたんだろうか。

またちぇるちぇるランドの話にも繋がってしまうけれど他人の身体に関する権利をわたしたちは持っていない。卍事件に関してもせいぜい自分の身体は大事にしなよってこっそり言ってあげるくらいにするべきであって、そんな、ねえ。

ちなみにわたしと同じパートの後輩の二の腕にも卍があるのをわたしは見てしまった。彼女は何食わぬ顔で謝罪を聞いていた。ローティーンの友情はいつも危ういバランスで成り立っている。

 

▶︎ある友人について

高校を卒業するくらいのとき、心優しい友人に「お前は押しに弱そうだし悪い男に引っかかって無理矢理刺青入れられたりしそう」みたいなことをよってたかって言ってた気がする。今思うと本当にひどいと思う。ごめん笑 あとその悪い男のイメージはどこから来たんだ。

幸い彼女は刺青を入れられることもなく(たぶん)、東京での生活を送っているみたい。

昨晩彼女が誕生日にくれたハーゲンダッツを食べながらそんなことを思い出していた。今週末は彼女に会いに行く。

 

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何を思ったか刺青とそれに近しいものに関するとりとめもない話3本立てでした。おしまい。

 

 

ただの日記(ある夏の終わりの日)

・運転免許の更新にいった。ゴリゴリのペーパードライバーだからよく分からないしあんまり関係ないけれど、制度が変わったみたいで準中型免許?とかいうのにアップデートされた。写真はやさぐれ感が増した。

 

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車の教習所や運転免許の試験場に来ると、どことなく中学校のことを思い出す。

 

高校、大学、そして社会人と進むにつれてある程度同じ前提を共有してる人たちとだけで自分の生活が成り立つようになってしまって、それでなんとなく見えなくなってしまったものってたくさんあって。でも世の中ってわたしにいま見えているものだけで構成されているわけじゃ全然ないんだよなあ。最近「世界は思っているよりも広くて分断されている」って言葉を見たけれど、まさにそれで、わたしにとって価値のあるものは誰かにとってはまったくの無価値で、逆もまた然りで。

 

なんかふわっとした表現だけれど、あらゆるバッググラウンドや価値観を持った人たちが、ただただ近い地域に住んでいるというだけで集まって、同じ講習を受ける場所っていう点で、教習所や免許の試験場と公立中って雰囲気がとても似てて、なんとなく懐かしいような気持ちになりました。それだけ。

 

 

・甲子園をツイッターで追うだけできちんと見ることもないうちに今年も終わっていくみたい。思い入れのあるはずの高校はベスト8入りしたあと、知らない間に負けていた。

それにしてもやっぱり桐蔭の応援の吹奏楽は上手ですね、さすが。

 

わたしも一応吹奏楽部だったけれど野球部の応援なんてものには全くの無縁で、いつもグラウンド脇の運動部の部室のある建物の2Fのベランダ(わたしの高校は定時制がある関係で平日は外でしか練習できなかった)で個人練をしながら練習風景を眺めているだけだった。これ野球部に好きな人でもいたらきっと楽しかったんやろなあ。

 

彼らはいつも"苦痛を愛せ"って書かれたTシャツを着ていて、筋トレしながらあぁ〜とかうぅ〜とかよく呻いていた。休み時間はペットボトルにつめた大豆を摂取し、お昼ご飯は巨大なタッパーにつめた大量の白米を食べて、完食した旨を部長まで報告しに来ていた。みんなマゾなのかな?って思いながら眺めていたけど、まあ大変だったと思う。お疲れ様です。

 

なんだかんだいって心が週刊少年ジャンプな人間なので、友情努力勝利みたいなエピソードや悔し涙や嬉し涙を流す若者を見るとヒリヒリしてしまう。年齢を重ねるたびにそれが強くなっていって、これが年をとることなのかって感じもする。若者の青春をエンターテイメントとして消費しているような気もして少し罪悪感もあるし、他人に勝手にドラマを期待したくなる気持ちには警戒しなきゃなあともなるけれど。とりあえず当時は特にそんなこと思わなかったけれど、今はちょっと、応援とかそういうこともしてみたくなくもなかったなあと思いますという話でした。

 

 

脈絡のない二本立てでした。今年も夏が終わっていく。

綺麗な人

先日初めてマルチ商法のようなものの勧誘、というかプレゼン、というかをされた。その人が副業という単語を意味ありげに放つので、会話を掘り下げるつもりで副業って何されてるんですか?と訊いてみたらどうもスイッチを入れてしまったらしい。よくありそうな「年金には頼れない、会社は守ってくれない」の話から延々とトークのマシンガンを喰らう。途中鞄からしれっと本も何冊か取り出して見せられて、(いや今日副業じゃないほうの仕事だけど常に持ち歩いてるんですね)と心の中ですこし笑ってしまった。

 

今まで色々やってきたけどこれは違うんだ。究極なんだよ。

 

たしかにそれは、

あなたがこれまでにやってきたア◯ウェイとかニュー◯キンとは違うのかもしれない。

それにわたしも真っ向からそういうビジネスモデルを否定する気も別にないです。

 

ただわたしがやるかどうかって考えた時に、人を紹介することで報酬を貰う、また紹介した人が誰かをまた紹介して…ってシステムにはなからねずみ講だ!ってアレルギー反応を起こす人が多いこの国で、ましてやそういうものに懐疑的な人の多いわたしの交友関係の中で、わたしはこれまで築いてきた大事な大事な関係や信用を失うリスクを背負いたくはないなとだけ。

マルチ商法とは信用を売ってるシステムだと、あくまで個人的には思う。信用はまわりまわってきっと目の前のお金よりもわたしを助けてくれると思いたいし、少なくともわたしの生きてる環境には向かないかな。

 

と、そんなことを思いました。

 

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わたしは保守的で悪い意味でごくごく日本人的な人間だなといつも思う。日本人がどうのとか主語の大きな話はナンセンスだししたくないけれど。

ものごとの価値判断基準は他人の目と、自分が傷つかないかどうか。新しいものはとりあえず疑ってかかる。しょうもねえなと思うけどそうやって生きてきたのだからしょうがない。

 

他人の反応と心の中を、想像できないながらも想像して、そのたびに怯えて、人と出会うたびにこの人は自分を傷つけない人かどうかととにかく疑って、そうやって生きてきた人間からしたら、先述のマルチ商法だったり、性格変えますよ系の自己啓発セミナーだったり、新興宗教だったり、"世間一般的には怪しまれやすいもの"にハマって、ましてやそれを人に勧めてまわる人って、どういう人なんだろうってとても気になってしまう。

 

そしてそういう人たちを見るたびに、別に悪人だとも、頭が悪い人だとも、全然思わないんだよなあ。むしろ人間が好きで、純粋で前向きで、それでいて何か悩みやコンプレックスがあるのかな、って人が多い気がする。あくまで体感的にだし、人の事情や心の中を勝手に憶測するのは下品だと思うけれど。

宗教の冊子を駅前で持って立ってる人たちはみんな、こんなクソ暑い日にも嘘みたいに優しい笑顔と綺麗な姿勢でいるし、おそらくその宗教だったんだろうなっていうかつての同級生もまた、嘘みたいに優しくて純粋でまっすぐな子だった。

 

そんな人が、そんな綺麗な人が、わたしのような人間に胡散臭えなと思われてしまうのって、なあ。

 

 

何かを信じることで誰かが救われているという事実とそれは個人の範囲に留めてどうか他人のことを巻き込まないでくれという思いと、だけど他人を巻き込もうとする働きかけで救われる誰かもまたいるのだという事実と、それでいてそういう人たちを騙している人たちが上層部にはいるのかもしれないという憶測があって、よくわからなくなる。

 

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ところでオウム真理教の死刑囚の死刑が全員執行されたらしい。

彼らは決して許されないことをしてきているけれど、何かを信じてすがってしまった末路がそれって、どういう気持ちだったんだろうな。

 

 

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ちなみに先日のマルチのおじさんから来ていたメッセージ承認リクエストは無視したままです。わたしのような性格の意地汚い人のことは放っておいてそういうあれが通用するある意味綺麗なコミュニティで幸せになってほしいです。綺麗な人よ、がんばれ。