雑記

ニヤニヤ泣いている

ただの日記

三連休の予定らしい予定が早速終わってしまった。

 

とりあえず今日は身体がバッキバキのボロボロだったから3週間ぶりくらいに整体?整骨院?に行った。整体の先生のことは普通に好きなんだけど、今後の人生のことというかたまにあ〜そこちょっと踏み込んで欲しくないかなーって話題を振ってくるのがちょっとしんどかったりする。話の流れ的にそういう話題を振ってくるのは普通なんだろうしわたしが話したくないことが多いだけなんだけども!

でも今日は先週の台風の話で盛り上がれた(?)のでそういう話題にはならず助かった。身近で死人が出ない程度であれば異常気象や自然災害って不謹慎だけどとりあえずコミュ障にはある意味ありがたいトピックスだな…

 

その後は予約してた病院に行った。先日の健康診断で異常値が出てる項目があって要精密検査と言われてたので先月に引き続き血を抜かれる羽目になってしまった。まあそんなに問題ないと思いますけどねー、と言われながらも自分の健康のこと過信しすぎだなってすこし怖くなる。あと低血圧だから運動してくださいねって言われた、体育会系の人は立ちくらみとかしないですよってことらしい。なんかもうそういう忠告もうるせ〜〜〜知らね〜〜〜って聞き流せないなあ。筋トレでもするかなあ。あ、病院の近くにはこじんまりした洋菓子屋さんがあって、マドレーヌをふたつ買って帰った。

 

その後いろいろあって付き合ってる人と些細なことで久しぶりに喧嘩してしまってとりあえず気分転換にと家を出てきてる。京都駅の葉っぴいテラスとかいうところで世のカップル達のことを眺めながらレディオヘッドとか聴いてぼーっとしたあと、スタバで甘い汁を啜りつつ読みかけの小説を少し読み進めた。ゼロ年代入りたての頃に書かれた小説にインターネットだったり携帯電話だったりの描写が出てくると急に時代を感じさせられて感慨深くなっちゃうな。チャットとかBBSとか荒らしとかインターネット老人会が喜んでしまうよ〜。その小説には荒らしのことが匿名の人間の悪意として書かれてたけど、大概いまのインターネットって悪意というよりも正義の振りかざしあいみたいなのが多くてしんどいというか、いわゆる当時の荒らしとかそういうのではなくなってきたのかなって思って興味深くなっちゃった。

 

とりあえずスポンジボブが始まる前には帰らなきゃ。仲直りできるといいな。

トーキョースリーデイズ

なんかこじらせた文章ばっかり書いてるしたまにはほんとにただの日記を書いてみようかと。

帰りの新幹線に乗りながら、夏休みの締めくくりに行った東京旅行の話でも。今回あんまり写真も撮らなかったし自分のための記録に。

 

▶︎8月24日

台風のおかげでびっしょびしょになりながら夜行バスに乗り込み東京へ。また変な時間に昼寝してしまったわたしは夜行バスできちんと寝られるわけもなく、寝たのか寝てないのかよく分からん状態で東京に着いた。寝不足だと意味もなくニヤニヤしてしまうのをやめたい。わたしの笑顔はいつもニコニコではなくニヤニヤです。つら。

 

駅で高校時代の友達と待ち合わせ。知らないおじさんに道を聞かれて分からないと答えたら何故かだいぶ冷たい返しをされたところを彼女が見ていて会った瞬間笑われた。ちなみに彼女は北関東のド田舎(周りにしまむら丸亀製麺とイオンしかないとキレている)から来てくれた。ありがとう。

 

合流してからふたりでサンリオピューロランドに行った。現役女児の頃はあんまり興味なかったんだけど、年を取るごとにファンシーなものが好きになっている…幼児退行…

そのうち始まったパレードではキティのボーイフレンドの声が声変わりしたての男子中学生みたいで生々しいねなんて言って最初はクスクス笑ってたんだけど、みんなでカワイイカワイイと盛り上がってるところに闇の女王が現れて一悶着あり闇の女王を倒そう!って一瞬なりかけるも"争いは何も生まない、誰にでも闇の心はある、お互い分かり合えるよう努力しよう"っていう展開に、友達は"世界中の人間がこれを見れば戦争なんてなくなると思う"と呟いていた。戦争や軍隊にまつわる博物館で学芸員をしている彼女のその言葉は重みがある。

 

その後はピアノちゃんにハグしてもらったりファンキーな色合いをしたファンシーな食べ物を食べたりした。新宿で晩ごはんを食べて、次の日が仕事の彼女はド田舎へ帰っていった。わたしは同じく高校時代の、別の友達の家に泊めてもらった。

 

▶︎8月25日

友達が朝ごはんを用意してくれた。誰かに作ってもらうごはんは何でも特別に美味しいけれど、わたしは中でも"人が用意してくれた朝ごはん"がいちばん好きな気がする。

 

原宿に向かい、クリームチーズのホイップが上に乗った紅茶を飲んだ。美味しいんだわこれが。しばらくその辺をふらふらして、時計や化粧品を見るなどした。それにしてもKOMONOのウィンストンデコシリーズの腕時計可愛すぎる。ああ物欲…

原宿には部活で日焼けしたんだろうなって感じの中学生くらいの女の子がたくさんいて、特に安い価格帯の化粧品のお店は彼女たちの"かわいくなりたい、変身したい"っていうエネルギーで溢れていたな。あの街の活気の源を見た気がする。

 

その後は下北沢に移動して素敵な喫茶店で嘘みたいに綺麗なクリームソーダを飲み、ちょっとだけ洋服を見てからまた移動してデザインあ展を観に行った。具体と抽象、集合と解散、時間や空間、様々なものごとの臨界点、そういった色々な概念を目に見える形に落とし込んでる展示がたくさんあって面白かった。デザインあは時間が合わずなかなか見られないんだけど、わたしのEテレ推し番組の一つです。

 

夜は月島でもんじゃを食べて、彼女の家の最寄駅付近で高校時代ぶりに二人でカラオケに行って、お酒とアイスを買って帰って空が明るくなり始めるまでこじらせ話で盛り上がった。ちなみに彼女の住んでいるあたりは街並みの雰囲気や治安の悪さ具合が高校のあった街に通じるものがあって、遠くに来てるはずなのになんとなく懐かしかった。

 

▶︎8月26日

友達の家を昼頃においとまして一人の時間が出来たのでほんのり気になってた明治大学の博物館に行ってきた。(内容が内容なのでSNSには書かなかったけれど)

「19万も持って居ない御茶の水〜」ってフレーズをここで聴かな!って思って椎名林檎無罪モラトリアムのアルバムを聴きながら御茶ノ水を歩いたけれど、駅前でゴリゴリの街宣車が演説してて、その光景が妙に椎名林檎みがあった。各方面から怒られそうなのでこれもSNSには到底書けません。。。

 

明治大学の博物館は刑事に関する展示を扱ってて、江戸時代や明治時代の罪と罰に関する資料や拷問器具が展示されてた。興味深かったけれど、胃のあたりがヒュッてなったな…

せっかく色々資料があったのに昔の文書特有の崩した字とか漢文みたいなのがわたしにはほぼほぼ読めなかったのが心残り。圧倒的教養の壁。

 

その後は移動して急遽時間をもらったこれまた高校時代の友達とチョコレートの美味しいカフェでお茶してきた。彼女の目はわたしの5倍くらいの大きさがあって、いつも吸い込まれそうになる。

 

 

.

今回は3人もの高校の友達と東京で会えて大人になったね感あった。でも同時に本質的には変わってないねって安心もしました。

高校のことはカス高とかいう酷い略称で呼んでるけど、高校のとき出会った友達は(もちろん他の場所で出会った友達も大好きで尊敬してるんだけど)みんなしゃんとしててすごいなって思うし、真面目な話もめちゃくちゃ低レベルな下ネタも等しく盛り上がれて愛が深いので高校のことは結構好きだったりします。うん。

 

.

あ〜気付いたらまたこんな長文を書いてしまった。文字数2000字以上あるけど何!レポートか!

高校の頃の個人サイトの日記のようなテンションで書きたいのになあ。こんだけ書いたけどまだ書きたいことちょいちょいあったし気が向いたら別の機会に消化してこ。というわけで自己満足日記でした。

 

雑記(刺青にまつわるいくつかの些細な思い出)

刺青についてのバッシングとそれに対する反論が話題になっていた。ここではあんまり触れないけれど、わたしはちぇるちぇるランドのようなやさしい世界に住みたい。それだけ。

 

▶︎永遠と刻印

曽祖母が晩年、「実は昔の男の名前の刺青を入れている」と言い出したことがあった。結局ひいおばあちゃんの身体に男の名前は見つからなかったみたいだけれど、きっと彼女の世界線では今も昔愛した男の名前が残っているのでしょう。

冒頭に書いたバッシングでも言われていたみたいだけど、他人の名前を身体に刻んで、それで別れたらどうするんだっていう批判や心配がこの種の刺青にはつきものなんだと思う。他人に対してそれをとやかく言うかは別として、まあその考え方自体は正直分かってしまいもする。永遠なんてものをそんな気軽に(と他人には見えてしまいがちだ)、そんな、いいの!?って。一生一緒にいてくれや〜なんてわたしは軽々しく歌にできないし、昔「since 2009.5/6〜forever♡」とかプリクラに書いてたカップルは大概すぐ別れてた。ついでにメールアドレスに男のイニシャル入れてたやつ、お前何回アドレス変更すんねん。

 

昔、デザインナイフを使っている恋人の手を奪い、自分の身体に傷をつける女の子についての話を聞いた。「今後もし別れても、この傷は残るからあなたのことを思い出せる」ということらしい。ふ、ふぇ〜としか言えなかったけれど、そういう考え方もあるのかな。刺青とかそういうのに限らず、何かを形にして残そうとするのは永遠に対する覚悟や幻想があるからやるものだとばっかり思っていたけれど、終わりがあることを予感しているからこそ残しておくっていうパターンもあるのかもしれない。ちぇるちぇるランドは違うけれど。

その後女の子はその恋人とは別れた。身体に今も傷跡が残っているのかは知らない。

 

▶︎卍

中学時代、後輩が二の腕に自らニードルで卍と彫ってきて教師に部活のみんなの前で謝らせられていたことがあったのをふと思い出した。卍の女の子はめちゃくちゃ泣いていた。

いかにも中学生やなー、って感じのエピソードだけどわたしはその子が卍を入れてたことで何も迷惑を被っていないのに何で謝られたんだろうか。

またちぇるちぇるランドの話にも繋がってしまうけれど他人の身体に関する権利をわたしたちは持っていない。卍事件に関してもせいぜい自分の身体は大事にしなよってこっそり言ってあげるくらいにするべきであって、そんな、ねえ。

ちなみにわたしと同じパートの後輩の二の腕にも卍があるのをわたしは見てしまった。彼女は何食わぬ顔で謝罪を聞いていた。ローティーンの友情はいつも危ういバランスで成り立っている。

 

▶︎ある友人について

高校を卒業するくらいのとき、心優しい友人に「お前は押しに弱そうだし悪い男に引っかかって無理矢理刺青入れられたりしそう」みたいなことをよってたかって言ってた気がする。今思うと本当にひどいと思う。ごめん笑 あとその悪い男のイメージはどこから来たんだ。

幸い彼女は刺青を入れられることもなく(たぶん)、東京での生活を送っているみたい。

昨晩彼女が誕生日にくれたハーゲンダッツを食べながらそんなことを思い出していた。今週末は彼女に会いに行く。

 

.

何を思ったか刺青とそれに近しいものに関するとりとめもない話3本立てでした。おしまい。

 

 

ただの日記(ある夏の終わりの日)

・運転免許の更新にいった。ゴリゴリのペーパードライバーだからよく分からないしあんまり関係ないけれど、制度が変わったみたいで準中型免許?とかいうのにアップデートされた。写真はやさぐれ感が増した。

 

.

車の教習所や運転免許の試験場に来ると、どことなく中学校のことを思い出す。

 

高校、大学、そして社会人と進むにつれてある程度同じ前提を共有してる人たちとだけで自分の生活が成り立つようになってしまって、それでなんとなく見えなくなってしまったものってたくさんあって。でも世の中ってわたしにいま見えているものだけで構成されているわけじゃ全然ないんだよなあ。最近「世界は思っているよりも広くて分断されている」って言葉を見たけれど、まさにそれで、わたしにとって価値のあるものは誰かにとってはまったくの無価値で、逆もまた然りで。

 

なんかふわっとした表現だけれど、あらゆるバッググラウンドや価値観を持った人たちが、ただただ近い地域に住んでいるというだけで集まって、同じ講習を受ける場所っていう点で、教習所や免許の試験場と公立中って雰囲気がとても似てて、なんとなく懐かしいような気持ちになりました。それだけ。

 

 

・甲子園をツイッターで追うだけできちんと見ることもないうちに今年も終わっていくみたい。思い入れのあるはずの高校はベスト8入りしたあと、知らない間に負けていた。

それにしてもやっぱり桐蔭の応援の吹奏楽は上手ですね、さすが。

 

わたしも一応吹奏楽部だったけれど野球部の応援なんてものには全くの無縁で、いつもグラウンド脇の運動部の部室のある建物の2Fのベランダ(わたしの高校は定時制がある関係で平日は外でしか練習できなかった)で個人練をしながら練習風景を眺めているだけだった。これ野球部に好きな人でもいたらきっと楽しかったんやろなあ。

 

彼らはいつも"苦痛を愛せ"って書かれたTシャツを着ていて、筋トレしながらあぁ〜とかうぅ〜とかよく呻いていた。休み時間はペットボトルにつめた大豆を摂取し、お昼ご飯は巨大なタッパーにつめた大量の白米を食べて、完食した旨を部長まで報告しに来ていた。みんなマゾなのかな?って思いながら眺めていたけど、まあ大変だったと思う。お疲れ様です。

 

なんだかんだいって心が週刊少年ジャンプな人間なので、友情努力勝利みたいなエピソードや悔し涙や嬉し涙を流す若者を見るとヒリヒリしてしまう。年齢を重ねるたびにそれが強くなっていって、これが年をとることなのかって感じもする。若者の青春をエンターテイメントとして消費しているような気もして少し罪悪感もあるし、他人に勝手にドラマを期待したくなる気持ちには警戒しなきゃなあともなるけれど。とりあえず当時は特にそんなこと思わなかったけれど、今はちょっと、応援とかそういうこともしてみたくなくもなかったなあと思いますという話でした。

 

 

脈絡のない二本立てでした。今年も夏が終わっていく。

綺麗な人

先日初めてマルチ商法のようなものの勧誘、というかプレゼン、というかをされた。その人が副業という単語を意味ありげに放つので、会話を掘り下げるつもりで副業って何されてるんですか?と訊いてみたらどうもスイッチを入れてしまったらしい。よくありそうな「年金には頼れない、会社は守ってくれない」の話から延々とトークのマシンガンを喰らう。途中鞄からしれっと本も何冊か取り出して見せられて、(いや今日副業じゃないほうの仕事だけど常に持ち歩いてるんですね)と心の中ですこし笑ってしまった。

 

今まで色々やってきたけどこれは違うんだ。究極なんだよ。

 

たしかにそれは、

あなたがこれまでにやってきたア◯ウェイとかニュー◯キンとは違うのかもしれない。

それにわたしも真っ向からそういうビジネスモデルを否定する気も別にないです。

 

ただわたしがやるかどうかって考えた時に、人を紹介することで報酬を貰う、また紹介した人が誰かをまた紹介して…ってシステムにはなからねずみ講だ!ってアレルギー反応を起こす人が多いこの国で、ましてやそういうものに懐疑的な人の多いわたしの交友関係の中で、わたしはこれまで築いてきた大事な大事な関係や信用を失うリスクを背負いたくはないなとだけ。

マルチ商法とは信用を売ってるシステムだと、あくまで個人的には思う。信用はまわりまわってきっと目の前のお金よりもわたしを助けてくれると思いたいし、少なくともわたしの生きてる環境には向かないかな。

 

と、そんなことを思いました。

 

.

 

わたしは保守的で悪い意味でごくごく日本人的な人間だなといつも思う。日本人がどうのとか主語の大きな話はナンセンスだししたくないけれど。

ものごとの価値判断基準は他人の目と、自分が傷つかないかどうか。新しいものはとりあえず疑ってかかる。しょうもねえなと思うけどそうやって生きてきたのだからしょうがない。

 

他人の反応と心の中を、想像できないながらも想像して、そのたびに怯えて、人と出会うたびにこの人は自分を傷つけない人かどうかととにかく疑って、そうやって生きてきた人間からしたら、先述のマルチ商法だったり、性格変えますよ系の自己啓発セミナーだったり、新興宗教だったり、"世間一般的には怪しまれやすいもの"にハマって、ましてやそれを人に勧めてまわる人って、どういう人なんだろうってとても気になってしまう。

 

そしてそういう人たちを見るたびに、別に悪人だとも、頭が悪い人だとも、全然思わないんだよなあ。むしろ人間が好きで、純粋で前向きで、それでいて何か悩みやコンプレックスがあるのかな、って人が多い気がする。あくまで体感的にだし、人の事情や心の中を勝手に憶測するのは下品だと思うけれど。

宗教の冊子を駅前で持って立ってる人たちはみんな、こんなクソ暑い日にも嘘みたいに優しい笑顔と綺麗な姿勢でいるし、おそらくその宗教だったんだろうなっていうかつての同級生もまた、嘘みたいに優しくて純粋でまっすぐな子だった。

 

そんな人が、そんな綺麗な人が、わたしのような人間に胡散臭えなと思われてしまうのって、なあ。

 

 

何かを信じることで誰かが救われているという事実とそれは個人の範囲に留めてどうか他人のことを巻き込まないでくれという思いと、だけど他人を巻き込もうとする働きかけで救われる誰かもまたいるのだという事実と、それでいてそういう人たちを騙している人たちが上層部にはいるのかもしれないという憶測があって、よくわからなくなる。

 

.

 

ところでオウム真理教の死刑囚の死刑が全員執行されたらしい。

彼らは決して許されないことをしてきているけれど、何かを信じてすがってしまった末路がそれって、どういう気持ちだったんだろうな。

 

 

.

 

ちなみに先日のマルチのおじさんから来ていたメッセージ承認リクエストは無視したままです。わたしのような性格の意地汚い人のことは放っておいてそういうあれが通用するある意味綺麗なコミュニティで幸せになってほしいです。綺麗な人よ、がんばれ。

ただの日記(ピンク・フロイドのTシャツを着たお兄さんに捧ぐ)

朝の通勤路で、電話ボックスが派手に荒らされていた。ガラスの破片がきちんと舗装された歩道にたくさん散らばってて、その光景がアンバランスで綺麗だと思った。そんな中、前から歩いてきたどちらかといえば口数の少なそうな感じのお兄さんがピンク・フロイドのTシャツを着ている。それがなんだかとってもよかったんです、素敵な朝だ。そういえばピンク・フロイドって実は聴いたことなかったな。粉々になったガラスを横目に、音楽ストリーミング配信サービスでピンク・フロイドと検索する。便利な世の中やでほんまに。Comfortably Numbって曲かっこええですね、聴くきっかけをくださってどうもありがとう。お兄さんはわたしがあなたのTシャツを見てピンク・フロイドを聴くに至ったことを想像すらしていないだろうなって思ったらなんだかニヤニヤしてしまったし、電話ボックスを荒らした犯罪者もこうやってブログに書かれていることを知らないだろう。

 

自分の何気ない行動が知らないところで誰かの日常を少しだけ変えているということ。それってもしかしたら素敵なことかもしれない(電話ボックスは荒らしたらあかんけど)

自分の一挙一動が他者に何かしらの影響を与えてしまうことがわたしはずっと怖かったけれど、きっと多分そんなことはない。そういえば会社の同期はわたしのチョコミント好きに影響されてチョコミント味のものにハマっているらしくて、なんだか少し嬉しくなったっけ。

 

そんなことを思いながら、久々にブログを更新しました。誰も読んでないと思ってたけどこのあいだ一日のあいだにたくさんアクセスされてて、どなたか分からないけどありがとうございます。わたしの文章が誰かの暇つぶしにでもなったらうれしいな。

この夏確かに私は向井秀徳に会った

2017年、年の瀬。

 

今年の目標の一つとして、ナンバーガールそしてザゼンボーイズ向井秀徳に会うことを私は掲げていました。

 

f:id:yco16g:20171231234704j:image

 

まあ目標というか、できたら一度ライブにでも行きたいなあ、くらいだったんですけど。

 

ナンバーガールは高校2年生のときに買った「サッポロ OMOIDE IN MY HEAD状態」というライブアルバムがとにかく衝撃的で。それまではライブ盤よりも音の綺麗なきちんとレコーディングのされた音源が好みだなあなんて思ってたんですけど、このアルバムはとにかくもう、ライブの場の雰囲気も何もかもを全て閉じ込められたかのようで、イヤホンの向こうからでも熱量がえげつなかったんですわ。

 

 

ナンバーガールはずっと昔に行われたこのライブで解散してしまっていたけれど、とにかくわたしはティーンエイジャー時代に、きのこ帝国よろしくGirl meets NUMBER GIRL状態になれて、いつかは向井秀徳という人間に会ってみたい(?)なあとぼんやり思っていました。

 

.

 

今年のお盆に実家に帰ったときに、豊田市美術館でやっていた奈良美智さんの展示会に行きました。

奈良美智さんについては高校2年生のときに買った手帳が奈良さん柄だったとか、まあその程度だったんですけども、シニカルでポップな絵柄が可愛いから地元の近くでやってるし行ってみようかなと。

 

奈良美智さんの展示会と同時開催で、「OMOIDE IN MY HEAD」の名前を借りた展示会もなされていました。

ナンバーガール好きとしては見なくてはと思い、こちらも観覧してベンチで少し休憩していると、3つ隣くらいの席に限りなく向井秀徳に近い風貌をした中年男性が。

 

いやいやまさか!そんな簡単に向井秀徳に会えるわけがねえ!と思いつつ、iPhoneで画像検索をして何度も見比べるわたし。あんまりジロジロしちゃだめだなと思い、また本人じゃなかったらめちゃくちゃ恥ずかしいなと思って話しかけられないまま、ついに向井秀徳(仮)はどこかに行ってしまいました。

 

IS THIS 向井秀徳?って、聞けなかったなあ、夏。

 

 

別に全然スピリチュアルな体験とかそういうのじゃねえよと思いつつも、奈良さんの手帳を買った時期とナンバーガールのサッポロ OMOIDE IN MY HEAD状態を購入した時期はちょうど一緒くらいだったなあ、なんてこじつけを頭の中でしながら、ふわふわして京都に戻ったのを覚えています。

 

.

 

年末ということで久々に実家に戻って、紅白をだらだら見ている最中です。向井秀徳は出ていませんが、そもそも今年別に全然ザゼンのライブ自体行けなかったですが、この夏にみたあの人は確かに向井秀徳だった。きっと、おそらく。 他に言ってた「肩こりをなんとかする」「仕事をもうちょっとはどうにかする」なんかも含めて2017年の目標、少しは果たせたと思いたいな。あっでも「家事へのやる気の波をなんとかする」は全然達成できていないし、仕事も大してどうにもなっていないので来年はどうにか…。

 

 

終わっていく今年に愛を込めて。

誰が読んでくれてるか知りませんが、みなさん、来年もどうぞよろしくお願いします。